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2020.10.05
[在学生・受験生] 読書の愉しみpart18~本学教員が在学生や受験生にお薦めの本を紹介します~

萩原朔太郎詩集』旺文社文庫、1970年1月

 皆さんは、最近詩集を手に取って読まれたことがあるでしょうか。群馬県前橋市出身の詩人萩原朔太郎は、日本近代詩史に大きな影響を与えた象徴詩人です。フランスの詩人ボードレールや哲学者ニーチェの信奉者でもあった彼の詩には、人を動かす不思議な魅力があるのです。私も中学生の時、詩集『月に吠える』を初めて読み、衝撃を受けました。むろん、当時は深い意味など全く考えもせず、読んでいたのです。しかし、理屈ではない感性が動いたとでも言いましょうか、朔太郎の詩語に潜む、特別な世界に魅かれていったことは間違いありません。初めての朔太郎との出逢い以来、私は数えきれないくらいこの詩集を読みました。

 例えば文庫本に収められた、第1詩集『月に吠える』から収録された詩「殺人事件」には、常識を飛び越えた独自の視点が見えます。文語体のまま転載してみます。「とほい空でぴすとるが鳴る。/またぴすとるが鳴る。/ああ私の探偵は玻璃の衣裳をきて、/こひびとの窓からしのびこむ、/床は晶玉、/ゆびとゆびとのあひだから、/まっさをの血がながれてゐる。/かなしい女の屍體のうえで、/つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。」ここまでは詩の前半部分ですが、「ぴすとるが鳴る」のは「とほい空」の彼方のはずですが、数行後の展開を見ると至近距離で事件が起こっていることがわかります。「玻璃」とはガラスのことですが、「私の」と所有格「の」がついた「探偵」も不思議ですが、探偵が「玻璃の衣裳」(ガラスの衣装)を現実には着ているはずはありません。しかも「窓からしのびこむ」のは、犯人ではなく探偵だというのです。被害者は「まっさをの血」を流して倒れています。もちろん「血」が真っ青なはずはないのです。「ぴすとる」の「音」から始まった聴覚的な幻想の世界は、ここまで読むと視覚的な視点に転換されています。「つめたいきりぎりすが鳴いてゐる」と畳み込みますが、「きりぎりす」が「つめたい」のではなく、その場の雰囲気そのものが冷たいのです。いかがですか、たった9行の前半部分だけでも不思議な想像世界ではありませんか。皆さん、どうか一度この詩集を読んでみて下さい。あなたが感じる何かがあるはずです。

 私はこの詩人の生まれ故郷で、詩を追求するために群馬県に移り住みました。不思議な縁ですね。藤岡中央高校、高崎高等特別支援学校、吾妻中央高校、富岡特別支援学校、そして来春開校する前橋市立明桜中学校(春日中と広瀬中の統合後の中学)の校歌を作詞することになったのも、萩原朔太郎との縁がきっかけです。詩は人の人生さえ動かす力があるのです。

(社会福祉学部 特任教授 兼 入試広報センター長  山口和士)

 

草森伸一『随筆 本が崩れる』中公文庫、2018年11月

 「読書の愉しみ」は縁あって、この記事を読んでくれている学生・受験生に「読書の愉しさ」を伝えるべき場であることは、重々承知している。しかし、今回お薦めするこの本は書籍の内容よりも、(もちろん、内容も面白いですが)むしろ読書に命を賭けた、または執筆のたびに本が増えていっても意に介さず、増えていくままに任せた男の生きざまを、是非感じてもらいたく、ここにお薦めする次第である。

 この文庫本の解説を書いた平山周吉は「本書のカバー写真(及び本文のページ内の写真)、その乱雑に積み上げられた本の密閉空間に嫌悪感を持った人は此の世の多数派と認定できる。たじろぎ、怖じ気づいたとしても、気をとり直し、書名や著者名の小さな文字を懸命に読み取ろうと試みた人種は、本書『随筆 本が崩れる』へのパスポートを得たといえよう。」と述べ、読者の反応を試している。なるほど、ページ中に挿入された写真を見れば、どれほどの本の山かが一目瞭然である。これを「汚い」と思うか「やるな」と捉えるか、それによって、その人の趣味嗜好が解る。

 著者草森伸一(1938~2008)は、この本の山の中で、死後十日ほど経ってから発見されました。人はそれを孤独死と言い、または不幸というのかも知れない。しかし、わたくしに言わせれば「文士の鏡」として称賛したい。

 読書に命を賭けるとはどういうことなのか。表紙カバーや文中の写真から感じてもらいたい。そして、もし「やるな」と感じられたなら、あなたもこちら側のお仲間なのです。

(社会福祉学部・岡野康幸)

 

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