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皆様へのお知らせ NOTICE

お知らせ
2020.06.22
[在学生・受験生] 読書の愉しみ part3~本学教員が在学生や受験生にお薦めの本を紹介します~

藤川幸之助『徘徊と笑うなかれ』中央法規、2013年9月
 アルツハイマー型認知症と診断されてから24年間、人生の約3分の1を認知症とともに生きた母親。「母頼む」「墓頼む」と父親の遺書に書いてあったことから、母親の介護をすることになった息子である著者は、人生の半分を認知症の母親に寄り添った。介護への不安や死への不安、時には怒りを感じ、自らの死を考えることも。認知症の方の介護者・家族の気持ちが赤裸々に表現されている。会話ができなくても、視線が合わなくても、息子にとって「母」である。それを受け入れる様々な葛藤がつづられている詩集です。
 辛さは経験したものにしかわからないと言ってしまえば終わりです。対象者にだけ目を向けるのではなく、このような介護者や家族の思いも考え配慮しつつ、対象者の人生や生活について考えかかわれる作業療法士になりたいと思った1冊です。リハビリテーション・看護・介護・福祉などを目指している方は読んでみてください。
(リハビリテーション学部・悴田敦子)

 

池上 彰 監修『なぜ僕らは働くのか―君が幸せになるために考えてほしい大切なこと―』学研プラス、2020年3月

 「なぜ僕らは働くのか」このタイトルを書店で目にした時、なぜか心に留まり、手に取りました。「なぜ僕らは働くのか・・・」なんて、普段は深く考えたことは無かったけれども・・・と、この本を読み進めていくと、この問いへの答えだけではなく、この本には、現代を生きる私たちが生きる意味、そして、これからの時代を担っていく若者たちへの人生を生き抜くためのメッセージが込められていると知りました。
 時代が変わると仕事も変わる・・・今人気のYouTuberやゲームクリエイターという職業は、まさに時代によって生まれてきた職業です。しかし、時代の変化に流されず、常に「なりたい職業」の上位にランクインしている職業、その一つが看護師です。なぜ、看護師が上位であり続けるのか、それは、看護師という職業が、専門的知識を持ち、命の現場に携わり、そして人の役に立つ、魅力的な職業だからかもしれません。あらためて、看護師という職業を選んで良かったと思うことと、今、看護の楽しさや魅力を伝えるべく、教員として看護師を育てる職業に従事していることを誇りに思っています。
 さて、この記事を目にする人たちには、今、まさに進路に悩み、自分の進むべき道を模索している高校生、当たり前の日常が当たり前で無くなり、自分の将来への不安から、勉強する意味や自分の目標を見失いかけている学生さんもいるかもしれません。
 新型コロナウイルスの感染拡大により、新しい生活様式が求められている今だからこそ、自分自身の人生と向き合い、「なぜ僕らは働くのか」というこの問いについて、じっくりと考えてみても良いのかもしれません。
 この本は、きっと皆さんのこれからの人生や進むべき道に何かヒントを与えてくれるきっかけとなる一冊になるのではないかと思います。
(看護学部 川田智美)

 

安藤俊介『アンガーマネジメント入門』朝日文庫、2016年9月
 コロナ禍の中、皆さんの日常生活はどう変化したでしょう。本来、人が生活の中で実施している行為は、そのほとんどが個人にとって意味をもつものであり、人の生活はそうした行為の集合体であると言えます(意味のないことを毎日欠かさず行っている人はいないですよね)。
 しかし、新型コロナウイルスの影響は、社会の文化、慣習、また個人の大切な生活をも大きく変えてしまいました。新たな生活への移行を求められる中で、今あなたの心情は穏やかでしょうか。もしかすると、日々何かにイライラし、モヤモヤしている人も多いのではないかと推察します。さらに、高校生や大学生位の年代の人は元々多感な年齢にあることから、なおさらイライラやモヤモヤを感じやすくなっているかもしれません。
 この本のタイトルにもあるアンガーマネジメントとは、自身の怒り(anger)と上手く付き合うための方法(management)です。本書には、アンガーマネジメントの観点から、怒りが生じる背景から、怒りの感情との付き合い方まで、とても具体的に書かれています。
 また、怒りに対する対処法がユニークな点もアンガーマネジメントの魅力の一つです。例えば、第4章に書かれている「グラウンディング」というテクニックは、怒りを感じた際にペンをじっくり観察し、意識を「今、この場所に」釘づけにすることで怒りを遠ざけるというものです。他にも様々なテクニックが紹介されていますので、きっと自分が実践できるようなテクニックが見つかるのではないかと思います。
 本書は、価格も内容のボリュームもお手頃で入手しやすいと思われますので、まずは軽い気持ちで手に取ってみてはいかがでしょうか。こんな時期だからこそ、私はこの一冊を推薦したいと思います。
(リハビリテーション学部・高坂 駿)

 

池間哲郎『あなたの夢はなんですか?私の夢は大人になるまで生きることです。』
致知出版社 2004年11月
 この本には貧困地域の人々の過酷な現状や、その中でも懸命に生きる子どもたちの姿が記されています。私達にとって当たり前のことが当たり前ではなく、その日を生きていくのが精一杯な中で、たくましく生きる豊かで人間性に溢れる人達がいます。明日も家族と一緒にいられるとは限らない、元気でいられる保証はないことが分かっているからこそ、今自分に与えられている時間を、精いっぱい悔いのないように生きようすることが当たり前なのであって、それが心の豊かさに繋がっているのかも知れません。
 新型コロナウイルスの影響はすさまじく、皆さんの中にも当たり前に過ごしていた生活が、大きく変化した人もいるのではないでしょうか。
 みなさんが高校生活、学生生活を送れるのはみなさんの努力だけではないはずです。私も社会人になってから学ぶ機会をいただいたとき、周りの方の協力や理解があって学びが成り立つことを実感しました。社会人1年目の介護現場で働き始めた頃もずいぶん周りの人に時間を割いていただき仕事を覚えることができました。
 介護の現場は利用者と支援者、支援者と支援者などとの関係性を築く前に、自分の人生に関わる大切な出会いの場所です。人と人との関わりの積み重ねはごまかしがきかず、自分の人間性も問われます。
 みなさんがこれから専門職として活躍する上での土台を築く、自分磨きのための1冊になればと思い紹介させていただきます。
(短期大学部 辻志帆)

 

芥川龍之介『侏儒の言葉』新潮文庫、1968年11月、岩波文庫、1968年1月、他
 「親は子どもを可愛がるものだ。」と我々は当然のように思っていることでしょう。しかし、芥川に言わせれば「人生の悲劇の第一幕は親子となつたことにはじまつてゐる。」と言うのです。
 人によっては芥川のこの感覚を「ただの皮肉」と考え、「批評家的態度であって、現実への働きかけがない。」と捉える人もいることでしょう。その通りだと思います。でも、人間誰しも感じたことをそのまま表現できる才能があるかと言えば、少なくともわたしはありません。芥川の言葉のセンスはまさに言い得て妙なのです。
 『侏儒の言葉』は芥川ならではの機知に富んだ箴言(教訓の意味を持つ短い言葉)であり、全てを肯定できなくとも、「その通りだ」と頷き、または自分がうすうす気付いていても言葉に出せない(言葉にできない)ことを「言ってくれた」と思わせる、まさに「讃嘆措く能わざる」言葉で満ち溢れています。これだけ的確に(人生斜め向きの態度であろうとも)物事の一面をとらえ得る人もなかなかいません。
 わたしは芥川の次の言葉を否定するすべを知りません。「わたしは不幸にも知ってゐる。時には嘘に依る外は語られぬ真実もあることを。」
(社会福祉学部・岡野康幸)

 

中島敦『李陵・山月記』新潮文庫1969年9月、『山月記・李陵』岩波文庫、1994年7月
 李陵は前漢の武帝(在位紀元前一四一~前八七)の時の将軍です。武帝の命令により長城を越え、匈奴(北方の遊牧民族)征伐に現在のモンゴル付近まで行きますが、孤軍奮闘、矢尽き刀折れ匈奴に降伏します。都長安(現在の陝西省西安)でこの知らせを聞いた武帝は、李陵の家族を皆殺しにします。
 その時、李陵を弁護したのが、『史記』の著者司馬遷です。しかし司馬遷は武帝の怒りにふれ死刑を言い渡されます。しかし司馬遷は今まさに『史記』の執筆真最中であり、また父親からも完成させるようにと遺命を受けています。死刑を回避するためには、金銭での贖罪か宮刑を受けるしかありません。『史記』を完成させるため、司馬遷は宮刑を受けます。宮刑とは男性としての機能を失うことです。男性として耐えがたき屈辱です。しかし司馬遷は宮刑を選びました。
 李陵と司馬遷の共通の友人に蘇武という人がいます。この人は匈奴に使者として行った時に、匈奴に仕えるよう説得されましたが、肯んじなかったため匈奴の地に拘束されてしまいます。最終的には漢に戻れますが十六年の歳月を異国の地に過ごし、漢の臣としての忠義を全うしました。先に降った李陵は蘇武に降服を勧めますが、蘇武は拒絶します。
 三人の身を襲った運命はさまざまですが、人間が信念を持って生きるとはどのようなことなのかを考えさせてくれます。
(社会福祉学部・岡野康幸)

 

益井康一『漢奸裁判史』新装版、みすず書房、2009年10月、旧版は1977年4月
 日本で「戦争」と言うと、真っ先に太平洋戦争が思い起こされ、アメリカと戦い敗れた。という印象が多いかと思います。しかし太平洋戦争が始まる前に、1937年7月7日の盧溝橋事件以降、事実上の戦争状態に日本と中国(中華民国)は突入していました。
日中戦争(当時の日本では「支那事変」、中国側では「抗日戦争」と呼称)時に日本に協力した中国人を、戦後(中国人から見れば抗日戦争勝利後)漢奸(読み、かんかん。意味は売国奴。)として裁判にかけ処刑・無期懲役や財産没収等の裁きを下しました。
しかし、漢奸と同胞に呼ばれた中国人は、果たしてわが身一つだけ栄えれば、民衆はどうなっても構わないと考えた売国奴なのでしょうか。救国(国難を救う)の方法は抗戦だけだったのでしょうか。平和(和平)も国を救うための方法だったのではないでしょうか。
 日中戦争をどう認識するかは別として、日本と協力をすることで中国が救えると考えていた中国人を、結果として漢奸にしてしまった我々日本人の責任は考えるべきかと思います。だから今でも、中国人の間で日本の事をよく知っている人、または研究者を「知日派」とは言いますが、決して「親日派」とは言いません。親日派は漢奸を意味するからです。劉傑『漢奸裁判―対日協力者を襲った運命―』(中公新書、二〇〇〇年七月)も併せてお薦めします。
(社会福祉学部・岡野康幸)

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