
鎌田 洋『ディズニーそうじの神様が教えてくれたこと』SBクリエイティブ株式会社、2023年4月
「ディズニーランド」と聞いて皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?愛らしいキャラクターや華やかなパレード、スリリングなアトラクションなど、きっと楽しいイメージが浮かぶことでしょう。私も何回か訪れたことがありますが、まさに夢を見ているような、魔法にかけられたような気持ちになる魅力的な場所です。
そのような魅力あふれる場所を支えている「キャスト」(パークで働く人たちのこと)の中で、「夜の清掃部隊(ナイトカストーディアル)と呼ばれる人たちがいることを本書で初めて知りました。
本書は4つの人間ドラマで構成されており、その物語のすべてに貫かれるのは、初代アメリカディズニーランドのカストーディアル・マネジャーで、ウォルト・ディズニーの信頼厚く、ディズニーの世界で「そうじの神様」と称えられるチャック・ボヤージン氏の教えです。その教えのひとつひとつから、「ディズニーが人びとを魅了するのはなぜか?」という秘密が明らかになります。
なかでも、大学を卒業した娘がカストーディアル(清掃員)の部署へ配属になったことについて納得のいかない両親が、娘の上司宛に「うちの娘は、ほうきとチリトリを持たせるために大学へ行かせたわけではありません」という手紙を書いた話が印象的でした。その両親は娘の働く職場をこっそり見に行って、「娘がしている仕事は、床をきれいにするだけじゃないのかもしれない」、「ディズニーランドのそうじとは、心を清らかにする最高のおもてなしなのだ」と知り、娘を応援する気持ちになります。その話に登場する「魔法のカード」、「未来の乗車券」は、ディズニーのおもてなしの心が表れた素晴らしいサービスで感動的です。
本書を通して、「夢を追い続けること」、「あきらめないこと」など人生について、また、「働くことの意味」を考えることができると思います。
(社会福祉学部 安留 孝子)
垣谷 美雨『農ガール、農ライフ』祥伝社文庫、2019年5月
本学のリハビリテーション学部では、キャリア・デザインについて学ぶ科目が開講されています。「キャリア」とは、人が人生を通じて経験する仕事、また仕事を通して自分の能力を開発していくプロセスです。「デザイン」とは、何かを自分で考え出す、作り出すことを意味する言葉です。大学生の皆さんにとって、大学で過ごす4年間は自分自身のキャリアをデザインする時期です。そのような皆さんにお勧めしている作品が垣谷美雨著「農ガール、農ライフ」です。
「農ガール、農ライフ」というタイトルは、駄洒落まじりで冗談のような響きですが、本編の内容は非常にシリアスです。32歳女性の主人公は、ある日突然、勤務先の「派遣切り」によって職を失いました。それと同じ日に同棲相手の男性から別れを切り出され、長い間2人で暮らしてきたマンションを後にします。1日にして仕事と彼氏と家を一挙に失った主人公は、TVで偶然目にした「農業女子特集」という番組に心を奪われます。同世代の女性が農業へ転向し、自力で耕した畑から採れる作物で生活を営む輝かしい姿に、主人公は将来の自分の姿を重ねました。主人公はさっそく田舎へ引っ越して農業大学校に入学、野菜作りのノウハウを習得します。主人公は希望に満ちた農村ライフを手に入れることができるのでしょうか。それ以降、主人公が経験する艱難辛苦、七転八倒、そして予想を覆す結末は、ぜひ小説の本編を読んでお楽しみください。
キャリア・デザインの講義では、キャリア・サバイバルについて学びます。就職、転職、結婚、出産、育児、病気、介護、死別など、仕事や人生には折々に転機が訪れ、自分のキャリアに影響を及ぼします。自分のキャリアを決めるのは自分自身ですが、仕事や人生は自分一人の力では成り立ちません。キャリア・デザインを実践する場面では、自己決定ばかりに偏ることなく、自分を取り巻く環境や他者への配慮も求められます。キャリア・サバイバルとは、勤務先や家族、友人、同僚等との相互依存関係、利害関係を考慮しながらキャリアを切り開くプロセスを意味します。
「農ガール、農ライフ」の主人公は仕事、収入、家、人生のパートナーなど、自分にとってかけがえのない存在を次から次へと喪失します。いわば「どん底」までたどり着いた主人公は、がむしゃらに頑張って必死に生き抜くことを試みますが、自分だけの力ではどうにもならない現実の厳しさに打ちのめされます。崖っぷちでキャリア・サバイバルを求められた主人公は、不器用ながらも真摯に誠実に、個性あふれる周囲の人々らと向き合い、相手を受け入れ、時には相手の力を借りながら難局を乗り越えていきます。
小説に描かれた、「どん底」から這い上がろうとする主人公の決断と行動力、そしてキャリア・サバイバルの好例は、将来のキャリアをデザインする皆さんへ、逆境を切り抜けるスキルと勇気を与えてくれるはずです。
(リハビリテーション学部 亀ヶ谷 忠彦)
村中 璃子『10万個の子宮』、平凡社、2018年2月
子宮頚癌ワクチンは、「人類史上初のがん予防ワクチン」です。子宮頚癌がヒトパピローマウィルスの感染によって引き起こされる発見に基づいて開発され、2013年4月、日本でも定期接種化に至りました。ところが、それからわずか2ヶ月後、日本政府は子宮頚癌ワクチンの積極的な接種勧奨の一時差し控えという政策決定をくだしました。接種後に、けいれんする・歩けない・慢性の痛みがある・記憶力が落ちたといった、神経の異常を思わせる症状を訴える人が相次いだからです。当初「薬害問題」として、メディアでセンセーショナルに取り上げられましたが、その可能性は国内外の疫学調査によって完全に否定されました。それでも「被害者の会」からの賠償請求訴訟や定期接種停止の要求は続き、子宮頚癌ワクチンの摂取率は1桁台が続くことになり、定期接種化の大きな妨げとなりました。
現役の医師でありジャーナリストでもある著者は、膨大な取材と医師としての科学的視点から、子宮頚癌ワクチン問題の根底にある深い闇に切り込みました。そこから見えてきたのは、思春期の女性とその家族・反ワクチン運動・報道・行政・製薬会社・利益団体・医療・アカデミアのそれぞれの事情と問題点でした。村中氏の一連の報道活動は海外で高く評価され、’’敵意の中で科学の普及に尽くした人’’を対象とする英ネイチャー誌が主宰する「ジョン・マドックス賞」を、日本人として始めて受賞しました。
新型コロナのパンデミックを通して体験したように、医療情報は既存のメディアやネットに溢れかえっています。その中には有害で誤った情報も多く、適切で正しい情報を取捨選択するためには、正しいアプローチ法が必要になってきます。本書は、村中氏の取材・考察に基づくノンフィクションであり、医療問題に関する情報収集・解釈・問題提起・情報発信について深く考えさせられる作品です。医療・福祉従事者を目指す本学の学生に、是非、手に取ってもらいたい一冊です。
(医療技術学部 磯 達也)
