
池谷 裕二著『進化しすぎた脳−−中高生と語る「大脳生理学」の最前線』講談社ブルーバックス、2007年1月
この本は、標題にもあるように著者の脳研究者 池谷裕二氏と少人数の中高生との対話を基本とした講義形式で、大脳生理学の当時の最前線を解説したものである。「当時」というのは講義がおこなわれた2004年(単行本も2004年に出版されている)。この頃池谷氏は米国に留学中で、講義の対象となった中高生も米国在住、収録はニューヨークでおこなわれたとのことである。ブルーバックス版の出版に際して追加された第5章を除く4章がその時の講義で、当時34歳の若手研究者である池谷氏に米国の活気が乗り移ったかのような生き生きとした語り口が印象的な本となっている。
実験系の自然科学を扱った多くの本が20年経つと古びてしまい、読むに堪えないものとなるのに対し、この本は未だに刊行が続いていることからも分かるように、決して古びてはいない。その理由としては紹介されている論文データの多くが長期の検証に耐える有力学術誌のものである事、中高生にも分かるように大事なポイントを噛み砕いて紹介するとともに、その論文の何を著者が面白く、また興味深く感じているのかが分かるような語り口となっている事などが挙げられる。
テーマとして扱っているのは、第1章では一般に身体は脳により支配されていると思われがちだが、脳も身体の側からの支配を受けている事、人間の脳はその機能を十分には使い切っていないことなどを事例をもとに紹介している。第2章では「意識」の問題を取り上げている。一般的に「意識」の作用と思われていることも、かなりが「無意識」に脳が補完している事が多いのを例を挙げつつ示している。また、人間が編み出し、それにより抽象的な思考も可能となった「言葉」についても「意識」「無意識」との関連で触れている。第3章では人間は何の目的で抽象的思考をするのかの問いに対し、眼前の多くの事象から隠れたルールを抽出するためとし、その基本となる脳あるいは神経系の物質的、形態的、機能的基盤について分かりやすく説明している。第4章では脳に関する薬物、病気の話を展開し、病気ではアルツハイマー病の発症メカニズムと関連薬物について取り上げている。第5章は2007年にこの本がブルーバックス版として発行されるにあたって追加された章で、著者が日本で所属する研究室の若手のメンバーと研究に携わるようになった動機、1〜4章(特に1、2章)で扱ってきた問題に関してのもう少し突っ込んだ議論、科学研究の基本的あり方などについての双方向型講義が収録されている。
その他、この本の長所としては以下の点が挙げられる。①全編を通して著者の該博な知識が散りばめられ、内容に生き生きとした彩りを与えている。②講義対象が中高生なので、著者本人が行なっている最先端の研究の話は扱わず、その周辺の一般の人が興味を持つような話題にテーマを絞っている。意識や錯覚といった哲学や心理学が対象としてきたものも脳機能との関連で取り上げ論じている。③高校や大学の授業で神経や脳のことを学んだ人は第3章や第4章をまず読み、その後第1章、第2章にもどるという読み方も可能である。④1つの章は第5章を除いて、70〜90ページで構成されているが、その中が比較的短い節で区切られ、要所要所に理解を助ける図も掲載されているので読みやすい。
この「進化しすぎた脳」は脳に関心のある人は勿論のこと、全体として科学者・研究者の熱気が伝わってくるものとなっているので、科学研究に興味を抱いている人にも是非一読されることを薦めたい。
(医療技術学部 依藤 宏)
宇田川光雄 監修『基本のアイスブレーキング・ゲーム ‐いつでも、どこでも、誰でも楽しめるオススメゲーム40選‐』日本レクリエーション協会、2019年3月
この本は、レクリエーション支援(レク支援)の中の「アイスブレーキング」の指導のポイントについて書かれています。「アイスブレーキング」とは、グループワークの働きかけを開始する過程で、グループの雰囲気を和らげる方法の一つです。
幾つかあるレク支援の本の中から、私がこの本を勧める理由の一つには、これからレク支援をはじめる方が読んでも、指導の本質が分かるように書かれているということがあります。
この本に掲載されているゲームは現場での活用頻度の高いものばかりで、ゲームの理解を促す楽しい絵も載っています。(私は、この絵が好きです。)そして、ただゲームのやり方が書いてあるだけでなく、そのゲームはどのような場面でどのように使われるのか、つまりどのようにレク指導をするのかということも分かりやすく書かれています。具体的には、それぞれのゲームごとに「声掛けの仕方、そのゲームのもつ特質についての説明、高齢者や子どもが対象の場合の支援のヒントやコツ、ゲームの原則」等が書かれていたり、レク支援の基本的な考え方やプログラムづくり等のコラムが載っていたりします。この本を基に実践してみたら、レクを楽しむ人(レク主体)にゲームを楽しく展開する中で、「1指示1行動の原則、説明のゲーム化の原則、終了予測の原則」等、指導の本質を見つけることもできるでしょう。私自身、一指示一行動の原則に沿い、「『手を上げて』と言い手を挙げた、次に『片方を握ります』と言い右手を握ってみた」ところ、それまではタイミングを合わせることが難しかったのに、全員が同時に手を挙げ右手を握ってくれたことを思い出します。
この本を勧めるもう一つの理由は、次のものです。みなさんはこれから新しい環境に進み、多くの人と出会い、楽しさやコミュニケーションの幅も広がります。ただ時には新しい環境や、今度は自分が指導者になるけれど「どう伝えようか、どうサポートしたらいいのか」と少し不安に思うことがあるかもしれません。そのような時に、無理なく自己表現を可能にする技(ゲーム)についても学べます。
この本の原則は、人に接する仕事をする際の様々な支援の観点にも通じるものがあります。周りの人と楽しさを共有する雰囲気をつくる際、その手助けもしてくれます。短時間で読めるので、みなさんも読んでみませんか。
(社会福祉学部 岡本 弘子)
村木 嵐『まいまいつぶろ』幻冬舎、2023年5月
8月までに96冊の本を読みました。主なジャンルはビジネス書(87冊)です。速読できるものは、1冊当たり1時間弱で読み終わります。一方、速読できないジャンルには、小説(9冊)があります。小説を速読してしまうと、登場人物の相関図や、行間にある作者の意図を読み取ることができないからです。このため、小説は休日に時間をかけて読むようにしています。今回は、8月までに読んだ小説の中で、最も印象に残った1冊を紹介します。
本書は、九代将軍・徳川家重の幼少から晩年までを描いた物語です。家重は、生まれつき右半身に麻痺があり、言葉を発しても誰も聞き取れない、意図せずに尿を漏らしてしまうという障害を抱えて生活していました。このため、家重の歩いた後には尿を引きずった跡が残り、その姿から「まいまいつぶろ(カタツムリ)」と家臣たちに揶揄されていました。しかし、家重の生活は、ある人物の登場で一変します。家重の話した内容を、正確に通訳できる兵庫という小姓が現れたからです。兵庫の通訳によって、家重は優れた能力があることを家臣に知らしめ、将軍の座に就くまでが前半部分のあらすじです。
ところで、本書には、医療福祉に携わろうとしている方には、必読のエピソードが多数あります。例えば、幼少の家重は入浴を嫌がっていたのですが、それには、明確な理由がありました。その理由を兵庫から聞かされた家臣たちは、自分たちの振る舞いを深く反省します。これは、介護施設での入浴ケアにも通じます。また、江戸時代にリハビリテーション専門職がいたら、家重の悩みはもっと軽減できたのではないかと感じました。
余談ですが、家重の父親は、「暴れん坊将軍」で有名な八代将軍・徳川吉宗です。本書では、暴れん坊でなく、思慮深い父親として登場しています。父親としての吉宗の葛藤や、家重が将軍に就いてから晩年までが書かれた後半部分も気になるという方は、ご一読をおすすめします。
(リハビリテーション学部・村山 明彦)
